最近はあまり料理をしていないと思う。つい先程はカザレッチェを使い韓国海苔ぺぺたまを作った(韓国海苔を入れたのは即興)。

最近なぜ料理ができていないのか。一昔前(と言っても2年ほど前)は毎日のように作りたい料理があり週に何度もスーパーに足を運びあれやこれやと己の欲を満たすためのご飯を作っていた、記憶している。

料理をする頻度が減ったのはスーパーが遠くなったとか外出の頻度が減ったとか、あるいは配食サービスを利用し始めたことなど様々な原因が複雑に絡み合っていることだろう。それは生活の変化に伴うものなのでしょうがないし受け入れることができる。

しかし。しかしである。あれを食べたい、作りたい、料理をするぞ、そういう気持ちも同時に薄れてしまうのはあまりヨシとしたくはないのだ。


そろそろさわりを出すと「料理の構造がイメージできていないと作ろうという気が起きないがち」だと思うのだ。論理的には正しくないが、(逆に)料理の構造がイメージできてそれが魅力的であれば作ろうという気になる、と思うのだ。

「料理の構造」が何を指しているかというと、完成した料理がどういう食材が使われていて風味を醸し出していてどのように構成されるのか、あたりになる。

あれこれ料理をしていた時期を思い返すと、料理動画をよく見ていた。料理動画は食材を切って炒めて味付けしてといった一連の工程を見せてくれる。おまけになぜその工程が必要なのかといったことまで解説してくれる動画投稿者もいる。知らない食材であれば風味はイメージしづらいが、少なくとも一連の工程を映像で見ると料理がどのように構成されるのかということはよくわかる。個人的には時間感覚も実は効いてくる気がして、調理工程がダイジェストされたショート動画よりもある程度の尺を持っている方が好き。生活にゆとりが足りないのかもしれない。


布団の中で Youtube のショート動画を延々と垂れ流す行為をやめなければいけない(Google、お前らが作りたかったのはこんな世界なのか?)